坂学会/どりこの」の箱  
情報コーナー 「どりこの」の箱    松本耕一


 「土蔵を整理していたところ 写真の“どりこの”の箱が出てきたのです。 東横線多摩川園駅の東側にあるどりこの坂に因む箱です。
 大きさは39cm*28.5cm 高さ23cm の杉板の箱です。 残念ながら中身はなく瓶の形は分りません。」

「どりこの」の箱

 

どりこの坂
 昭和のはじめごろ、坂付近に、「どりこの」という清涼飲料水を開発した医学博士が屋敷をかまえたので、 誰いうとなく「どりこの坂」と呼ぶようになったといわれている。それまでは池山の坂といっていたという。

 松本さんの情報をもとにインターネットで調べたところ次のような記事がありましたので紹介します。

 戦前の講談社は、薬などの事業多角経営化を進めていた。昭和4年の「アイリス石鹸」に続き飲料も 発売することになった。
 それが軍医だった医学博士高橋孝太郎氏の発明になる「高速度滋養飲料どりこの」だ。
 「どりこの」はブドウ糖・アミノ酸を主成分として、5倍に希釈する濃縮飲料だ。
 1びん1円20銭で全国の薬局で発売。虚弱体質や腺病質のひとに効果があるとのことだ。

 この「どりこの」を講談社社長の野間清治氏の息子の恒氏が飲んでいたことが縁になり、 講談社で販売することになったわけだ。
 当時、年間100万本を販売していたが、戦争の激化とともに台湾からの砂糖輸入ルートが途絶されたため、 昭和19年で製造中止になってしまった。 
 この「どりこの」を作った高橋博士の家が坂の上にあったため、いつの間にか、もともとの名前、 [池山の坂]は「どりこの坂」と呼ばれるようになったというのだ。
 ちなみに「どりこの」の味は 今のカルピスのようなものだったらしい。

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